法然院
哲学の道を少しはずれたところにあり、法然上人が念仏道場として開いたのがはじまり。現在の本堂は延宝8年(1680)に中興。苔むした茅葺きの門は、簡素にして典雅な雰囲気で、紅葉に溶け込む景色はまさに...
哲学の道を少しはずれたところにあり、法然上人が念仏道場として開いたのがはじまり。現在の本堂は延宝8年(1680)に中興。苔むした茅葺きの門は、簡素にして典雅な雰囲気で、紅葉に溶け込む景色はまさに...
明治23年(1890)に引かれた琵琶湖疏水は大津と京都を結ぶ舟運ルートとしても利用された。しかし、蹴上と岡崎とではあまりにも標高差があったため、坂道にレールを敷き、台車に舟ごと乗せてこの間を運ん...
吉田山のふもとに平安京の守り神として創建されたのがはじまり。境内には、産生(うぶすな)の神をはじめ、菓子や料理の神を祀る社も。なかでもユニークなのは斎場所大元宮。全国の神々が一堂に祀られていて、...
本尊は毘沙門天王、京の七福神のひとつ。再興初代住職・天海大僧正から山科に建立。三代目の公弁法親王以降現在の姿が完成した。(1680年頃)境内は樹々に囲まれ、桜が満開となる春、葉が色ずく秋に美しく...
比叡山西麓の風雅な木立のなかに建ち、桃山様式の勅使門に玄関、本堂、大書院、小書院、茶室などが悠然と続く洛北屈指の門跡寺院。もとは比叡山にあったが、北野天満宮が創建されると別当職を命じられ北山に移...
圓通寺は、その昔、後水尾上皇の幡枝離宮だったところで、修学院離宮の前身。また、一面に青苔がおおう枯山水庭園のかなたには木立を通して比叡山が眺められ、見事な借景式庭園となっている。四季折々の風情が...
寺院の法要で唱える仏教儀式音楽、声明(しょうみょう)を伝承する学僧の住む寺として建てられた。庭園には多くの草木が植えてあり、四季折々の花を楽しむことができる。特に秋から春まで咲き続ける不断桜は有...
疫病鎮めの信仰が厚い神社。楼門をくぐり境内へ進むと拝殿が建ち、その奥に本社、摂社疫社、西側には西陣織の業祖神である織姫社や稲荷社などの末社が祀られている。毎年4月(第2日曜日)に行われている「や...
一般には12月9日、12月10日の大根焚きで知られている。これは建長4年(1252)冬、親鸞聖人が月輪寺へ行く途中ここへ立ち寄った際、村人が大根を煮てもてなしたのに由来し、聖人はその礼にすすきの...
正しくは、木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)といい、本殿東側に摂社の養蚕神社(こかいじんじゃ)があることから通称「蚕の社(かいこのやしろ)」とよばれており、渡来人の秦氏が...
松尾大社は大宝元年(701)に建立された社で、酒づくりの神様として有名。境内に足を入れると目を引く山のように積まれた酒樽は、各地の酒造業者が奉納したもの。亀の井とよばれる湧き水を元水に加え酒を醸...
一年中、鈴虫の音が聞ける寺として、鈴虫寺の愛称で親しまれている。お茶・お菓子を召し上がりながら、肩の凝らない和尚の法話を聞くことができる。山門前の『わらじ』をはいた幸福地蔵尊は、一つだけ願いを叶...
長岡京遷都に際し、藤原氏が奈良春日大神を勧請したといわれる古社。そのため本殿の形も春日大社を模したもので、朱塗りの鮮やかな檜皮葺きの社殿が4棟、一列に並んでいる。木々が生い茂る林を抜けたところの...
境内に約100本の桜の木が植えられ、別名「花の寺」と呼ばれるほど春には素晴らしい景観を見せる。瑠璃光殿にはいずれも重要文化財の、本尊薬師如来1体、胎内仏薬師如来1体、仁王像2体、計4体が安置され...
「今昔物語」にも登場する金蔵寺が創建されたのは奈良時代。その後、一時荒廃していたが徳川綱吉の母の寄進によって建物が再興された。小塩山の中腹に開かれた境内には本堂や護摩堂などが建ち、見晴らし台から...
嘉祥3年(850)の創建で、通称「なりひら寺」と呼ばれ、平安初期の歌人で六歌仙のひとり在原業平が晩年に隠棲し塩焼きの風情を楽しんだ寺で、境内には業平の墓と塩釜の跡の旧蹟がある。〈法話〉住職の都合...
釈迦岳の山腹に建ち、西国三十三所観音霊場第20番の札所として知られている。応仁の乱で焼失した建物は、江戸時代に桂昌院によって再建。幹が北に11m(平成6年、松くい虫のため約15mを切り、現在11...
向日神社北側の勝山公園内にある元稲荷古墳は、古墳時代前期の前方後方墳。全長は約92mあり、刀剣類、斧などが出土した。墳頂からは特殊器台形埴輪が発見されている。周辺には、弥生時代の高地性集落と思わ...
古墳時代前期(4世紀)の全長約95mの前方後円墳。第6向陽小学校から竹林公園へと続く竹林の西側にあるのが後円部。発掘調査によって、京都府南部にある古墳からも出土した三角縁神獣鏡のほか多くの鏡が出...
全長約46m、後円部の高さ9mの規模を持ち、横穴式石室をもつ6世紀中頃の前方後円墳で緑地公園として整備されている。向日丘陵の古墳時代前期のものが南北方向に規則的に築かれているのに対して、物集女車...
鶏冠井町大極殿にある南真経寺は日蓮宗の寺院で、鎌倉時代末期に、日像上人の布教により村人のすべてが日蓮宗に改宗した信仰の中心地。もとは南真経寺と北真経寺は一つの寺で、現在の北真経寺の位置にあったが...
天正10年(1582)、本能寺で織田信長を討った明智光秀と、中国地方遠征から急遽とってかえした羽柴(豊臣)秀吉は山崎で対峙。戦いの焦点は、どちらが天王山を制圧するかにあったため、いまも勝敗の別れ...
大化2年(646)に奈良元興寺の僧道登によって架けられたと伝えられ、「瀬田唐橋」「山崎橋」とともに、日本三古橋のひとつに数えられている。現在の橋は、平成8年(1996)3月に完成したもので、檜製...
平等院のすぐ南にある縣神社の祭神は、木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)。縁結び、安産の神としてよく知られている。また、毎年6月5日に行われる縣まつりは、昼ごろから通りにびっしり露店が並び...