宝鏡寺(人形の寺)
歴代皇女が住持となる尼門跡寺院のため百々御所の名がある。孝明天皇遺愛の人形のほか、御所より賜った人形などを公開し、人形寺と呼ばれている。春と秋の2回開かれる人形展に合わせて寺内を一般公開。また、...
歴代皇女が住持となる尼門跡寺院のため百々御所の名がある。孝明天皇遺愛の人形のほか、御所より賜った人形などを公開し、人形寺と呼ばれている。春と秋の2回開かれる人形展に合わせて寺内を一般公開。また、...
一条通の堀川に架かる、長さ6.2mの小さな橋。平安京当時とその位置は変わっていないといわれている。河竹黙阿弥の歌舞伎・渡辺綱と鬼女の話や豊臣秀吉による千利休の木像の磔けなど、さまざまな伝説と歴史...
社殿修復工事のため2022年8月19日から約3年間閉門予定。 創建年代は神代(日本の建国以前)とされ、清水・八坂一帯の総産土神として古代より信仰を集めた。嵯峨・円融・白河天皇行幸。縁結...
二年坂近く、聖徳太子により建立されたと伝えられる法観寺内にある五重塔。足利義教により再建されたこの塔は高さ46m、6.4m四方、本瓦葺の和様建築で初層内部、並びに二層目まで見学できる。
民家の立て込む中にひっそりと建つ。西国三十三か所の第17番札所。本堂の背後に建つ宝物収蔵庫には平清盛公坐像や念仏を称える口から六体の阿弥陀が現れたと言い伝えられる空也上人像など、美術史上重要な仏...
創建当初は仙遊寺と称していたが、建保6年(1218)、伽藍が建立されてからは境内の涌き水にちなんで泉涌寺と改められた。その後間もなく四条天皇の月輪陵が造営され、以来、皇室ゆかりの寺「御寺」として...
明治23年(1890)に引かれた琵琶湖疏水は大津と京都を結ぶ舟運ルートとしても利用された。しかし、蹴上と岡崎とではあまりにも標高差があったため、坂道にレールを敷き、台車に舟ごと乗せてこの間を運ん...
見上げるような大きさの大鳥居(高さ24.4m)から参道、社殿へと、王朝時代の華やかさが薫る平安神宮。古いものと思われがちだが、明治28年(1895)に平安建都1100年を記念して建てられた。鮮や...
永観2年(984)、比叡山・常行堂にあった阿弥陀如来像を移して開いたとされる。正しくは「真正極楽寺」といい、広々とした閑静な境内には本堂(重要文化財)や三重塔、総門、元三大師堂、鐘楼堂(上記四棟...
延暦寺の塔頭の一つ。京都の表鬼門にあたるので方除けの神として、また五十払い発祥のいわれより掛けよせの神として商売繁昌の信仰を集めている。紅葉の名所であり、11月中旬から下旬にかけての眺めは見事。...
推古天皇の御代の頃、小野妹子が隋に行く途中病気になったところ、宇佐八幡宮に祈願し、病気が治った。帰国後、報恩のため宇佐八幡を勧請して創建し、のち備後三郎三宅高徳がこの地に移り住み崇拝したところか...
圓通寺は、その昔、後水尾上皇の幡枝離宮だったところで、修学院離宮の前身。また、一面に青苔がおおう枯山水庭園のかなたには木立を通して比叡山が眺められ、見事な借景式庭園となっている。四季折々の風情が...
本坊の「雪の庭」は松永貞徳の造営で、清水寺成就院の「月の庭」、北野天満宮の「花の庭」とともに、雪月花三庭苑と呼ばれる。紀州道成寺ゆかりの「安珍・清姫の鐘」を所蔵、展示している。
蓮華寺は江戸時代のはじめに加賀前田家の家老・今枝近義によって洛中からこの地に移された。境内には六角形の笠をもつ蓮華寺型石燈篭や石川丈山作の池泉観賞式庭園があり、全体的にしっとりとした情緒が漂う。
大原の里に荘厳なたたずまいを見せる三千院は、最澄が比叡山延暦寺東塔南谷に草庵を結んだ事に始まる。境内には、優美な国宝阿弥陀三尊を祀る入母屋造柿葺(いりもやづくりこけらぶき)の往生極楽院が建つ。あ...
上賀茂神社の境外摂社で、参道東側には天然記念物の大田の沢カキツバタ群落がある。藤原俊成が歌に詠んでいることでも知られ、5月上旬ごろから濃い紫の花を咲かせはじめる。
洛北屈指の名刹、大徳寺は、臨済宗大徳寺派の大本山。応仁の乱で大部分の伽藍を焼失するなど一時寺運が衰えたが、その後一休禅師が再興し、安土桃山時代には豊臣秀吉をはじめ諸大名が伽藍の建立に力を入れたた...
平安遷都にあたり平城宮後宮から遷座。「平野皇大神」を祀る。源氏・平氏の氏神として信仰を集めた。古くより【平野の夜桜】で知られ、4月10日の桜花祭では満開の桜の下をふれ太鼓を先頭に露払の鬼、天平の...
正しくは、木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)といい、本殿東側に摂社の養蚕神社(こかいじんじゃ)があることから通称「蚕の社(かいこのやしろ)」とよばれており、渡来人の秦氏が...
授与所で授かった祈念神石に心中で願い事を込めれば、商売繁盛、金運、良縁などに霊験あらたかという神石祈願が伝えられている。成就すれば、お礼に別の石を添えて返納するならわしで、拝殿前には奉納・返納さ...
二尊院と呼ばれるのは、釈迦如来と阿弥陀如来の二体の仏像を本尊とするため。境内には伏見城の薬医門を移した総門をはじめ、堂々とした建物がいくつも建ち並び、角倉了以・伊藤仁斎など名家・文人・学者のお墓...
祇王寺は「平家物語」で知られる祇王が、平清盛の寵愛を失い、妹の祇女、母の刀自(とじ)とともに出家し、入寺したところといわれている。萱葺きの草庵には本尊大日如来と、祇王らの木像が安置されており、苔...
嵯峨の釈迦堂の名前でも親しまれており、嵯峨野でも有数の古刹。寛平7年(895)、源融の没後、別荘を寺としたのが創始。長和5年(1016)に五台山清凉寺が建立された。本瓦葺きの2階二重門という堂々...
長岡京遷都に際し、藤原氏が奈良春日大神を勧請したといわれる古社。そのため本殿の形も春日大社を模したもので、朱塗りの鮮やかな檜皮葺きの社殿が4棟、一列に並んでいる。木々が生い茂る林を抜けたところの...