金福寺
元禄の昔、芭蕉が当寺の鉄舟和尚を訪ね、語り合った芭蕉庵を与謝蕪村が再興した。本堂後丘には、その芭蕉庵、蕪村の墓、句碑がある俳句の聖地。又、舟橋聖一作「花の生涯」や諸田玲子作「奸婦にあらず」のヒロ...
元禄の昔、芭蕉が当寺の鉄舟和尚を訪ね、語り合った芭蕉庵を与謝蕪村が再興した。本堂後丘には、その芭蕉庵、蕪村の墓、句碑がある俳句の聖地。又、舟橋聖一作「花の生涯」や諸田玲子作「奸婦にあらず」のヒロ...
厳選した小茄子を使用し、京都独特の白味噌で漬けた「きらら漬け」。穂野出は、300年という老舗で、創業時より一子相伝にて代々伝わる製法を守り、全て手作り製造しています。
美しい庭があり、しっとりとした純和風の建物の温泉料理旅館、芹生。季節の山菜や川魚の持味と香りを大切に料理されている。宿泊は1泊2食付20,900円(税別)から。また、隣の芹生茶屋では、おそばなど...
広隆寺は、山城最古の寺院であり、平安文化の発祥の地であり、ひときわ閑静なたたずまいを見せている。ここに祀られているのが国宝指定第1号の宝冠弥勒菩薩半跏思惟像。右手を頬にあて微笑する姿は、何時間で...
正しくは、木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)といい、本殿東側に摂社の養蚕神社(こかいじんじゃ)があることから通称「蚕の社(かいこのやしろ)」とよばれており、渡来人の秦氏が...
大堰川の中州にあり、行楽客の憩いの場となっている。対岸の嵐山国有林を眺めるには絶好の場所。松、桜が多く特に花見時はたくさんの人でにぎわう。
祇王寺は「平家物語」で知られる祇王が、平清盛の寵愛を失い、妹の祇女、母の刀自(とじ)とともに出家し、入寺したところといわれている。萱葺きの草庵には本尊大日如来と、祇王らの木像が安置されており、苔...
松尾大社は大宝元年(701)に建立された社で、酒づくりの神様として有名。境内に足を入れると目を引く山のように積まれた酒樽は、各地の酒造業者が奉納したもの。亀の井とよばれる湧き水を元水に加え酒を醸...
平安初期、このあたりに淳和天皇の離宮・淳和院(西院)があり、その鎮守社として奈良の春日大神を勧請したのが起こりといわれている。毎月1日、11日、15日のみ公開される「疱瘡(ほうそう)石」は平安時...
伏見稲荷大社は全国の稲荷神社の総本宮で、京都の古い神社のひとつ。参拝者数も全国屈指の数を誇り、正月や毎月1日、午の日にはとくににぎわう。商売繁昌の神様として有名。「いなり」の語源は「いねなり」と...
伏見稲荷大社の南にあり、石仏の寺として知られる禅寺。本堂背後の竹林に立つ五百羅漢などの石仏は、安永半ばより天明初年まで前後10年余りをかけ、京都の画家・伊藤若冲が下絵を描き石工に彫らせたものと伝...
平安遷都の際、都の南に国の守護神として創建された古い神社で、方除けの神として信仰を集めている。社殿は平安調に統一された優美な姿をみせる。春の山、平安、室町、桃山、城南離宮の庭と趣向が凝らされた庭...
鶏冠井町大極殿にある南真経寺は日蓮宗の寺院で、鎌倉時代末期に、日像上人の布教により村人のすべてが日蓮宗に改宗した信仰の中心地。もとは南真経寺と北真経寺は一つの寺で、現在の北真経寺の位置にあったが...
建久9年(1198)、法然上人の弟子法力房蓮生(熊谷次郎直実)が法然ゆかりのこの地に念仏三昧院を建立したのが光明寺のはじまり。西山浄土宗の総本山でもある。ゆるやかな石段を登っていくと、回廊で結ば...
天王山の山麓、宝積寺のすぐ下にある。中世末に当地の井尻長助が知恩院の徳誉光然を開山に招いて建立した浄土宗の寺。重要文化財に指定されている木造阿弥陀如来立像は鎌倉時代の作。厳かな雰囲気が漂う。
天明3年(1783)、臨済宗最初の専門道場、江湖道場として建立された。重要文化財で日本最古と伝えられる達磨大師古尊像が禅堂の聖僧として安置されているので「達磨堂」とも呼ばれている。3万坪にも及ぶ...
世界三大美女の一人として、またせつない女心を詠んだ歌人として知られる小野小町。生まれた年も、死亡した場所も謎に包まれているが、晩年は井堤寺に住んでいたと伝わる。玉津岡神社の参道べりには、自然石を...
約1千年前、東大寺の僧・平崇上人が開いた寺院。十一面観音立像や日光・月光菩薩立像など多くの文化財が宝物殿に安置されている。また、本堂裏には開創千年を記念した巨大壁画「禅定寺平成大涅槃図」が描かれ...
和伎神社とも涌出宮とも呼ばれる和伎座天乃夫岐売神社(わきにますあめのふきめじんじゃ)は、約1260年前の天平神護2年(766)、現在の三重県にあたる五十鈴川の船ケ原から天乃夫岐売命を勧請したのが...
神童寺は聖徳太子が開いた寺と言われ、その当時は大観世音教寺と称していた。その後、寺号を神童寺と改め、山岳修験の道場として栄えた。数多くの藤原期の仏像が残されており、阿弥陀如来坐像、愛染明王坐像、...
泉橋寺は別名「橋寺」とも言われ、僧行基が五畿内(山城・大和・摂津・河内・和泉)に造営した四十九院のひとつ。境内にある石造地蔵菩薩坐像は鎌倉時代につくられたもので、高さは約4.58m。丸彫の石仏と...
かつて木津川はよく氾濫を起こし、長いあいだ人々に大きな被害を与え続けてきた。惣墓(共同墓)五輪塔は、木津川の氾濫で亡くなった人々の供養のために鎌倉時代の正応5年(1292)に建立されたものと思わ...
本堂に九体の阿弥陀如来坐像が横に並んでいることから、九体寺と呼ばれる。本堂、三重塔、九体の阿弥陀如来坐像、四天王立像は、いずれも平安時代のもので、国宝に指定されている。
創建は奈良時代と伝えられ、本尊の薬師如来坐像は保安年間の造立と推定される。頭:体の比率が整い、ゆったり坐す姿は12世紀の典型的作風を示し、重要文化財に指定されている。