正寿院
正寿院は、高野山真言宗に属し、創建はおよそ800年前、飯尾山医王教寺の塔頭寺院として建立されたと伝えられています。客殿「則天の間」には猪目窓という窓があります。猪目(いのめ)とは、ハート型であり...
正寿院は、高野山真言宗に属し、創建はおよそ800年前、飯尾山医王教寺の塔頭寺院として建立されたと伝えられています。客殿「則天の間」には猪目窓という窓があります。猪目(いのめ)とは、ハート型であり...
江戸時代中頃(1738年)に「青製煎茶製法」を開発・普及し、日本の緑茶製法の基礎を築いた永谷宗円の生家(昭和35年再建)。内部には製茶に使われた貴重な焙炉(ほいろ)跡が保存されており、映像で宗円...
国道307号に面し、大きな茶壷モニュメントや「いらっ茶~い」という看板が目印。広い駐車場を有しバス客の利用も可能。店舗玄関口にテラス席もあり、お茶だけでなく抹茶パフェなども味わうことができる。
元は「天満宮」と称し中世から存在していた。現在の本殿(町指定文化財)は延宝8年(1680)建立。鷲峰山登山道沿いで隠れた紅葉の名所。
JAの茶直売所をリニューアル。直売だけでなく、喫茶コーナーを併設。玉露や煎茶を自分で淹れることができる。地元農産物も販売。
役行者が開いたといわれ、吉野に対して「北大峰」と呼ばれる修験道の拠点として多くの寺社が存在したという。古くから立川大道寺からの参詣道が整備され、今も道標等が点在する。標高682mの山頂付近には金...
創業100余年の老舗。旬の懐石料理から冬の味覚ぼたん鍋などがいただける。
宇治田原宗円の郷と呼ばれる西ノ山集団茶園を一望。春には美しい茶畑とともにお茶の収穫が見られることも。遠くに山々を望む、自然豊かな宇治田原の街並みと茶園の調和が楽しめます。また、ファミリーや友人、...
キャンプ場などのレジャー施設がある。また、自然遊歩道もあり、「全国森林浴の森100選」に選ばれた、豊かな緑を楽しめる。キャンプ場、バンガロー(11棟)等あり。
古代最大の内乱「壬申の乱」直前、大津京を脱出した大海人皇子(後の天武天皇)は、吉野への道中に立ち寄った里で供された煮栗焼栗を埋めて戦勝祈願をした。やがて栗は芽生えて栗林となり、収穫された栗は宮中...
織田信長に敗れた近江の佐々木氏が逃れたという伝承を持ち、昔ながらの古い風習を伝える山腹の集落。集落から大峰山へ至る林道からは宇治川沿いの天ヶ瀬峡谷や京都市内が一望できる。春には梅林が咲き誇る。晩...
江戸時代初期に建立された天神社本殿は京都府登録文化財に、境内は文化財環境保全地区となっている。参道沿いでは春は桜、秋は紅葉が美しい。毎年8月15日には地元の子どもを中心に郷土芸能「ねりこみ囃子」...
江戸時代を代表する俳人のひとり「与謝蕪村」は、晩年に宇治田原の門人の招きで来訪し、松茸狩りなどを楽しみ紀行文「宇治行」を記した。そのときの礼状に記された句を刻んだ句碑が郷之口の「妙楽寺」にあり、...
南地区を流れる符作川の上流にある滝。古くから「たかお神(水分神)」をまつる清滝大権現社が鎮座する。南地区を川沿いに歩き、田園地帯から山間部に入ると、夏でも冷涼なハイキングコースとなる。毎年8月7...
「奥山に 紅葉ふみわけ 鳴く鹿の 声聞くときぞ 秋はかなしき」この歌を詠んだ猿丸大夫を祀る。三十六歌仙の一人に数えられているが、謎の人物。この地は、大夫晩年隠棲の土地とも伝えられている。また、猿...
平安時代末の「平治の乱」で源氏に敗れた藤原信西が、領地のある宇治田原に逃れたところを捕らえられ斬首され、その首を持ち帰った領民により葬られたという塚。向かいの大道神社とともに、秋には町内の紅葉の...
淀川水系宇治川の支流「田原川」の源流で、町内最大の滝。鷲峰山系から湧き出た清流が落下し、周囲の景観にとけ込む。大滝大明神を祀り、毎年9月1日の「大瀧祭」では酒を飲ませたうなぎを滝壷へ放つ神事を行う。
宇治田原町総合文化センター内に、お茶の誕生から現在までの歴史、永谷宗円の足跡などを映像と資料で展示する資料室を設置。館内には他にも宇治田原で産出する化石の資料展示コーナーもある。
禅定寺山門を入った場所に置かれてあり、康永3年(1344)銘が刻まれている。当時禅定寺の財産の管理者に男子の跡継ぎがなく、長女の蘭雀女のためにその妹が建てたと伝えられる。
大宮神社は「田原祭」を行う三社のひとつで、荒木・郷之口地区の氏神。荒木天皇谷入口に座し、裏参道から大峰山への登山口がある。境内には町指定文化財の宝筐印塔があり、他にも文殊石碑など神仏習合時代の名...
現在の緑茶の礎となる「青製煎茶製法」を開発・普及させた永谷宗円は昭和29年(1954)、大神宮神社に「茶宗明神」として合祀された。「焙炉」跡が保存されている「永谷宗円生家」に隣接。春と秋に大祭が...
立川の大道寺地区は、地名となった「大道寺」、町指定文化財の「大道神社」、源平合戦の史跡「信西入道塚」があり、南山城の霊峰「鷲峰山」への昔からの登山口でもある。11月には「古老柿」を生産する「柿屋...
山城と近江の信楽を東西に結ぶ街道で、織田信長が明智光秀に討たれた「本能寺の変」勃発時に、堺にいた徳川家康が宇治田原を通り、領国三河へ逃れた。家康一行は郷之口にあった「山口城」や奥山田の「遍照院」...
古代、山城と近江を結ぶ官道として整備された「田原道」は、たびたび歴史の舞台となってきた。沿線には宇治田原独特の干し柿「古老柿」発祥伝説の舞台・禅定寺などの旧跡が多い。「維中前」バス停にはコース案...